ウォルター・モデルとは?
うぉるたーもでる
ウォルター・モデルは、第二次世界大戦中のドイツ国防軍において「守りの名人」と称され、劣勢の戦況を何度も立て直した陸軍元帥です。
ウォルター・モデル(Walter Model、1891〜1945年)は、第二次世界大戦中のドイツ国防軍の陸軍元帥です。プロイセン出身で、第一次世界大戦での従軍を経て職業軍人として頭角を現しました。
モデルが特に高い評価を受けるのは、防衛戦における危機対応能力です。劣勢に陥った戦線に送り込まれ、兵力・装備ともに不利な状況でも防衛線を立て直すことを繰り返したため、「守りの名人(Feuerwehrmann=消防士)」と呼ばれました。
主な作戦歴は以下のとおりです。
- 東部戦線での複数の防衛戦:ルジェフ突出部の保持など、苦しい状況での後退戦
- ノルマンディー上陸以降の西部戦線:連合軍の進撃を遅滞させ、アルデンヌ攻勢(バルジの戦い)を指揮
- マーケット・ガーデン作戦(1944年):連合軍の大規模空挺作戦をアルネムで阻止
1945年4月、ドイツ軍がルール包囲陣に封じ込められた後、モデルは部下の降伏を促す手配をし、自ら命を絶ちました。その軍人としての能力は敵方の連合軍指揮官からも認められており、第二次世界大戦を語る上で欠かせない人物のひとりです。
使い方・例文
「モデル元帥は守りの名人として知られ、東部戦線や西部戦線での防衛戦を扱う戦史書や軍事ゲームに頻繁に登場する」といった文脈で使われます。
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