アンドレ・マッセナとは?
あんどれまっせな
アンドレ・マッセナは、ナポレオン戦争期にフランス軍を率いた元帥で、その粘り強い守備力と戦場での判断力から「勝利の愛児」と称えられた名将です。
アンドレ・マッセナ(André Masséna、1758〜1817)は、フランス革命戦争およびナポレオン戦争において活躍したフランスの軍人で、ナポレオン・ボナパルトが「勝利の愛児(l'Enfant chéri de la Victoire)」と称えた傑出した元帥の一人です。サルデーニャ王国(現在のニース近郊)に生まれ、革命前のフランス軍で下士官として長年勤務した後、革命の勃発を機に急速に出世しました。
マッセナの軍歴で特に輝かしいのは、1799年のジェノヴァ包囲戦での守備です。圧倒的な兵力のオーストリア・イギリス連合軍に包囲されながら数か月にわたって籠城を続け、ナポレオンがマレンゴの戦いで決定的勝利を収めるまでの時間を稼ぎました。この守備戦は軍事史上の奇跡的抵抗として語り継がれています。
マッセナのその他の主要な戦歴を挙げると以下の通りです。
- リヴォリの戦い(1797年)でのオーストリア軍撃破
- アスペルンの戦い(1809年)でのドナウ川渡河作戦指揮
- ポルトガル遠征(1810〜1811年)でのウェリントンとの攻防
- ナポレオンの主要な元帥18名の一人として帝国の要を担った活動
晩年はポルトガル遠征の失敗などにより、ナポレオンとの関係が悪化しましたが、その軍事的才能は生涯を通じて高く評価されました。パリのヴァル=ド=グラース軍事院や凱旋門にもその名が刻まれており、フランス軍事史の重要人物として今日も記憶されています。
使い方・例文
ナポレオン戦争の戦史書を読むと、マッセナの名はジェノヴァ包囲戦やポルトガル遠征の章で必ず登場し、難局での粘り強い指揮の典型として紹介されます。
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