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アレクセイ・ブルシーロフとは?

あれくせいぶるしーろふ

アレクセイ・ブルシーロフとは、第一次世界大戦ロシア最大の成功とされる「ブルシーロフ攻勢」を指揮した帝政ロシアの名将です。

アレクセイ・ブルシーロフ(1853〜1926年)は帝政ロシアの陸軍元帥で、第一次世界大戦(1914〜1918年)においてロシア軍史上最大の戦略的成功を収めた軍人です。

1916年6月から9月にかけて実施された「ブルシーロフ攻勢」は、その戦術的独創性から今日の軍事史でも高く評価されています。従来の一点突破型ではなく、東部戦線の広大な正面にわたって複数個所で同時に奇襲突破を仕掛ける多点同時攻撃を採用しました。この戦法は敵の予備兵力の集中を妨げ、オーストリア=ハンガリー軍に壊滅的打撃を与えました。

ブルシーロフ攻勢の主な成果と影響は以下のとおりです。

  • オーストリア軍の捕虜が40万人以上に達し、同軍の戦闘能力を永続的に損傷させた
  • ルーマニアの連合国参戦を促すなど外交的波及効果があった
  • 西部戦線からドイツ軍兵力を引きつけ、ソンムの戦いに間接的に影響した

ロシア革命後、ブルシーロフはソビエト赤軍に参加し、ポーランドとの戦争(1920年)でも軍事顧問として活躍しました。帝政とソビエトという二つの時代を生き抜いた数少ない高位将校の一人です。

使い方・例文

「ブルシーロフ攻勢は多点同時突破という革新的戦術でオーストリア軍を壊滅させ、第一次世界大戦の趨勢に影響を与えた」というように、近代戦術史・第一次世界大戦史の文脈で引用されます。

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