高峰譲吉とは?
たかみねじょうきち
高峰譲吉とは、明治・大正期に活躍した日本人化学者で、世界初のアドレナリン(アドレナリン塩酸塩)の純粋分離に成功した人物です。
高峰譲吉(たかみね じょうきち、1854〜1922年)は、加賀国(現・石川県)生まれの化学者・実業家で、近代日本が生んだ世界的な科学者のひとりです。
東京大学工学部(当時の工部大学校)を卒業後、英国留学を経て農商務省に入省しました。その後アメリカに渡り、工業化学・醸造分野での研究を続けながら、日米双方での事業経営にも携わりました。
高峰の最大の業績は、1901年にウシの副腎から副腎髄質ホルモンであるアドレナリン(エピネフリン)を世界で初めて純粋な結晶として単離・精製したことです。アドレナリンは血圧上昇・心拍数増加などの作用を持ち、医療や生理学における重要な物質として今日に至るまで広く利用されています。この発見は生理活性物質の単離技術における画期的な成果として世界に評価されました。
また高峰は、タカジアスターゼ(消化酵素製剤)を発明し、医薬品として実用化したことでも知られています。これは消化不良の治療薬として長らく活用され、日本の医薬品工業の発展にも貢献しました。
さらに、1912年のワシントンD.C.への桜の木の寄贈を日米間で仲介したことでも有名で、現在も続く「桜まつり」の礎を築いた人物としても記憶されています。
使い方・例文
「高峰譲吉が単離したアドレナリンは、医療現場でのショック治療や蘇生処置に今も欠かせない薬物として世界中で使用されています。」
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