米内光政とは?
よないみつまさ
米内光政とは、昭和期の日本海軍大将・政治家であり、日独伊三国同盟に反対し続けた穏健派のリーダーです。
米内光政(1880〜1948年)は、大日本帝国海軍の大将であり、第37代内閣総理大臣(在任1940年)を務めた政治家です。
盛岡出身。海軍兵学校・海軍大学校を経て要職を歴任し、連合艦隊司令長官・海軍大臣を務めました。その政治的立場は一貫して慎重・穏健であり、ナチス・ドイツおよびイタリアとの三国同盟締結には強く反対しました。陸軍の政治的圧力が強まる中でも軍部の暴走を抑えようとした数少ない指導者の一人です。
首相在任中(1940年)も三国同盟反対の姿勢を崩さず、陸軍の倒閣運動によって短命政権に終わりました。しかし太平洋戦争末期には再び海軍大臣として復帰し、終戦工作を進めた鈴木貫太郎内閣を支え、戦争終結への道を開く一端を担いました。
- 三国同盟反対の一貫した姿勢
- 日中戦争拡大への慎重論
- 終戦工作への積極的関与
戦後はGHQによるA級戦犯指定を免れ、昭和史の中でも比較的評価の高い軍人政治家として位置づけられています。
使い方・例文
「太平洋戦争への経緯」や「昭和の海軍軍人」を学ぶ際に、米内光政の名前が頻繁に登場します。
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