玄宗皇帝とは?
げんそうこうてい
玄宗皇帝は、唐の第6代皇帝で、開元の治と呼ばれる繁栄期を築いた一方、晩年の安史の乱で唐の衰退を招いた人物です。
玄宗皇帝(げんそうこうてい、685〜762年)は、中国・唐王朝の第6代皇帝で、在位は712年から756年にわたります。本名は李隆基(りりゅうき)。廟号を玄宗、諡号を明皇帝ともいいます。唐の歴史の中でも最も華やかな時代を体現した皇帝であり、詩・音楽・舞踊など文化芸術の庇護者としても知られています。
治世前半は「開元の治」と称され、唐の国力がピークに達した時期です。この時代には賢臣の登用、農業振興、制度整備が進み、長安は国際都市として東西交流の中心地となりました。詩人の李白や杜甫が活躍したのもこの時代であり、唐詩の黄金時代と重なります。
しかし治世後半、玄宗は楊貴妃への寵愛に傾倒し、政務を怠るようになりました。楊貴妃の一族が権力を握り、政治が腐敗した結果、755年に安禄山・史思明による大反乱(安史の乱)が勃発します。玄宗は都・長安を脱出し、四川へ落ち延びる途上で、兵士の要求により楊貴妃は処刑されました。この反乱は8年以上続き、唐の国力に深刻な打撃を与えました。
玄宗の治世は「栄光と衰退」を象徴するものとして、中国史上でも特に印象深いエピソードとして語り継がれています。
使い方・例文
中国史の授業や歴史小説で「玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋は、白居易の長恨歌に詠まれ、後世に広く知られた」と言及されることが多い。
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