正力松太郎とは?
しょうりきまつたろう
正力松太郎とは、読売新聞を日本最大の新聞に育て上げ、日本へのプロ野球・テレビ放送・原子力導入を主導した「メディア王」と呼ばれる実業家・政治家です。
正力松太郎(しょうりきまつたろう、1885〜1969年)は、警察官僚から転身してメディア・スポーツ・政界にまたがる巨大な影響力を持った人物です。1924年に経営不振だった読売新聞を買収し、大衆紙路線と積極的な販売攻勢によって日本最大の発行部数を誇る全国紙へと育て上げました。
読売新聞の経営安定後、正力はその影響力をスポーツ・メディア事業に広げました。1934年にはアメリカのプロ野球選手団を招聘して全日本チームと対戦させ、その興行の成功を契機に日本職業野球(現・プロ野球)の創設につなげました。読売ジャイアンツ(巨人)の誕生にも深く関与しています。
戦後はさらに二つの大事業を手がけました。一つはテレビ放送の普及で、日本テレビ放送網(NTV)を1953年に開局させ、日本に民間テレビ時代をもたらしました。もう一つは原子力発電の導入推進で、「原子力の父」とも称されます。衆議院議員や国務大臣(科学技術庁長官)も務め、メディア・スポーツ・エネルギー政策の三分野で現代日本に多大な影響を残しました。
使い方・例文
日本のメディア史・プロ野球の歴史・原子力政策の起源を解説する文脈では、正力松太郎は必ず登場する人物です。読売グループの歴史を調べる際にも中心的な名前です。
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