岡田以蔵とは?
おかだいぞう
岡田以蔵とは、幕末の土佐藩出身の志士で、卓越した剣技から「人斬り以蔵」の異名をとった尊王攘夷の活動家です。
岡田以蔵(1838〜1865年)は、幕末の土佐藩(現在の高知県)出身の武士・志士であり、「人斬り以蔵」の異名で広く知られています。
土佐藩の下級武士の家に生まれた以蔵は、武市半平太(武市瑞山)が率いる土佐勤王党に加わり、尊王攘夷運動に身を投じました。武市半平太の門下で剣術を磨き、その腕前は当時屈指と言われるほどでした。1861年頃から京都や大坂で活動し、佐幕派とみなされた人物への暗殺や攘夷に反する外国人への攻撃など、いわゆる「天誅」と呼ばれる暗力行動に複数関与したとされています。
しかし1863年に京都の政局が一変(いわゆる八月十八日の政変)し、尊王攘夷派が失脚すると、土佐勤王党も幕府・藩の弾圧を受けることになります。以蔵は1864年に捕縛され、拷問の末に多くの同志の名前を自供したと伝えられており、この「自白」が武市半平太らの処刑につながったとも言われています。以蔵自身も1865年に土佐藩の獄中で処刑されました。享年27歳でした。
近年では坂本龍馬・武市半平太とともに幕末の土佐を代表する人物として、多くの歴史小説・漫画・テレビドラマに登場します。悲劇的な最期と純粋さゆえの迷いが、後世の創作の格好の題材となっています。
使い方・例文
幕末の歴史や土佐勤王党、「人斬り」という言葉が話題になるとき、岡田以蔵の名前は必ず登場します。司馬遼太郎の小説や大河ドラマでもたびたび取り上げられています。
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