ロバート・エドウィン・ピアリーとは?
ろばーと・えどうぃん・ぴありー
ロバート・エドウィン・ピアリーとは、20世紀初頭に北極点への到達を主張したアメリカの海軍士官・探検家です。
ロバート・エドウィン・ピアリー(Robert Edwin Peary、1856〜1920年)は、アメリカ合衆国の海軍士官で、北極探検家として知られています。メイン州生まれで、アメリカ海軍に所属しながら数度にわたって北極圏への探検を行いました。
ピアリーは1908年〜1909年にかけての探検において、1909年4月6日に北極点に到達したと主張しました。随行したのは助手のマシュー・ヘンソンとイヌイットの案内者4名でした。彼の報告はアメリカ国内で広く称賛され、帰国後に国民的英雄として扱われましたが、後に実際に北極点へ到達したかどうかを巡って論争が生じました。
ピアリーの探検と業績に関する主な点は以下の通りです。
- イヌイットの技術や知恵(犬ぞり・毛皮の衣服・雪中での生存法)を積極的に取り入れた探検スタイルを確立しました
- 北極点到達の数週間前に同じく探検家のフレデリック・クックが先に到達したと主張し、二人の間で激しい論争が起きました
- 現代の研究では、ピアリーの航法記録に疑問が呈されており、真の北極点到達については議論が続いています
- グリーンランドの地理調査にも貢献し、グリーンランドが島であることを確認した探検にも参加しました
ピアリーの挑戦は、20世紀初頭の極地探検ブームを象徴する出来事として歴史に刻まれており、その功罪も含めて探検史上の重要人物となっています。
使い方・例文
ピアリーの名前は、地理や探検の歴史を扱う教材や書籍でよく登場します。「北極点を目指した探検家」として、南極のアムンゼン・スコット隊との対比で語られることもあります。
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