ルイ=ラザール・カルノーとは?
るいらざーるかるのー
ルイ=ラザール・カルノーとは、フランス革命期に「勝利を組織した人」として知られる政治家・軍事行政家で、近代的な国民軍の整備に貢献した人物です。
ルイ=ラザール・カルノー(1753〜1823年)は、フランス革命・ナポレオン時代に活躍した政治家・軍事行政家です。数学者・物理学者としての才能も持ち、熱力学の基礎を築いたサディ・カルノーの父としても知られています。
ブルゴーニュ地方のノレー出身で、王立工兵学校を卒業後、工兵将校として勤務しました。革命勃発後は国民公会議員となり、1793年には国家救済の緊急機関である公安委員会のメンバーに就任しました。
公安委員会では軍事行政を一手に担い、次のような改革を断行しました。
- 14の軍を再編・強化し、ヨーロッパ列強の干渉軍に対抗
- 大規模な徴兵制(国民総動員令)の実施
- 有能な若手将校の積極的な登用
- 戦略・兵站の合理化
これらの施策により革命フランスは対外戦争を乗り切り、カルノーは「勝利を組織した人(l'Organisateur de la Victoire)」と称えられました。ナポレオン時代にも内務大臣や国防大臣として活躍しましたが、王政復古後は亡命を余儀なくされ、1823年にドイツのマクデブルクで没しました。その業績は近代的な国民軍の形成に大きな影響を与えました。
使い方・例文
「フランス革命期の軍事史を学ぶ際、カルノーが整備した徴兵制と軍の近代化は欠かせないトピックとして登場します。」
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