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ビスマルクとは?

びすまるく

ビスマルクとは、19世紀プロイセン・ドイツの政治家で、「鉄血政策」と呼ばれる現実主義外交でドイツ統一を成し遂げた初代ドイツ帝国宰相です。

オットー・フォン・ビスマルク(1815年〜1898年)は、プロセン貴族(ユンカー)の家庭に生まれ、外交官政治家として頭角を現した人物です。1862年にプロイセン首相就任すると、議会の反対を押し切って軍事力強化を断行し、「問題の解決は演説や多数決ではなく、鉄と血によってのみなされる」と宣言したことから「鉄血宰相」の異名を持ちます。

ビスマルクは外交・戦争を巧みに組み合わせた「現実政治(レアルポリティーク)」の体現者でした。デンマーク戦争(1864年)・普墺戦争(1866年)・普仏戦争(1870〜71年)を経て、オーストリアを排除した「小ドイツ主義」による統一を実現し、1871年にドイツ帝国の成立とともに初代帝国宰相に就任しました。

統一後は平和維持のため複雑な同盟体制(三帝同盟・三国同盟など)を構築し、ヨーロッパの勢力均衡を保ちながらドイツの安定を図りました。国内では社会主義運動を弾圧する一方、世界初とも言われる社会保険制度(疾病・労災・老齢保険)を整備し、労働者の不満を吸収する政策をとりました。

1888年に即位したヴィルヘルム2世との確執が深まり、1890年に辞任。その後のドイツが彼の慎重な外交路線を離れたことが第一次世界大戦への遠因となったとも指摘されます。

使い方・例文

近代ドイツの歴史を学ぶ際、ビスマルクは「ドイツ統一の立役者」として必ず登場します。また、彼が創設した社会保険制度は現代の社会保障の原型として政策史でも頻繁に引用されます。

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