ドウグラス・モーソンとは?
どうぐらすもーそん
ドウグラス・モーソンとは、20世紀初頭に南極探検で活躍したオーストラリアの地質学者・探検家です。
ドウグラス・モーソン(Douglas Mawson、1882〜1958年)は、オーストラリア出身の地質学者・南極探検家で、南極大陸の科学的調査に多大な貢献をした人物です。イギリス生まれですが幼少期にオーストラリアに移住し、アデレード大学で地質学を学びました。
モーソンが世界的に知られるきっかけとなったのは、アーネスト・シャクルトンが率いたニムロッド探検隊(1907〜1909年)への参加です。この遠征で彼はチームとともに南磁極への到達に成功しました。その後、1911〜1914年に自身が隊長を務めたオーストラリア南極探検隊(AAE)を組織し、ジョージ5世ランドの広大な海岸線を調査・地図化しました。
この遠征中の1912〜1913年にかけて、モーソンは極めて過酷な経験をしました。2名の仲間のうち1名は崖から転落死し、もう1名も壊血病と食料不足で死亡。モーソン自身も食料のほとんどを失い、極地の孤独な雪原を一人で基地まで歩き続けるという奇跡的な生還を果たしました。この体験は後世に「南極史上最大のサバイバル」とも評されています。
晩年もアデレード大学の教授として南極研究を続け、オーストラリア南極領土の確立に尽力しました。南極のモーソン基地はその名を冠しています。
使い方・例文
南極探検や地質学の文脈で「モーソンのサバイバル」として語られることが多く、地理・歴史の授業や探検家の伝記などで登場します。
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