スブハス・チャンドラ・ボースとは?
すぶはすちゃんどらぼーす
スブハス・チャンドラ・ボースはインドの独立運動家で、武力によるイギリスからの独立を目指してインド国民軍を組織した指導者です。
スブハス・チャンドラ・ボース(Subhas Chandra Bose、1897〜1945年)は、インドの民族主義指導者であり、インド独立運動において武装闘争路線を主導した人物です。「ネタジ(指導者)」の尊称で呼ばれ、インドでは現在も国民的英雄として崇敬されています。
ベンガル州出身のボースは、イギリスの高等文官試験に合格するほどの秀才でしたが、植民地支配に抵抗するため試験を辞退し、独立運動に身を投じました。インド国民会議派の議長を務め、マハトマ・ガンジーの非暴力路線と意見が対立。ボースは武力による独立こそが現実的と考え、やがて袂を分かちます。
第二次世界大戦中、ボースはドイツ・日本と連携し、インド国民軍(INA)を組織してビルマ・インパールへの進攻作戦(インパール作戦)に参加しました。作戦は失敗に終わりましたが、「デリーへの進軍」を掲げた彼の姿勢はインド兵の士気を大いに鼓舞しました。
1945年に台湾で飛行機事故により死亡したとされますが、その死に謎が多く、今もインドで様々な議論が続いています。独立インドの政治・文化に与えた影響は大きく、多くの施設・賞に彼の名が冠されています。
使い方・例文
インド独立運動史や第二次世界大戦のアジア太平洋戦線を扱う書籍や教科書で登場します。インパール作戦の文脈でも必ず言及される人物です。
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