ジョルジュ・ダントンとは?
じょるじゅだんとん
ジョルジュ・ダントンは、フランス革命期に活躍した弁護士・政治家で、革命の推進力となった雄弁な指導者です。
ジョルジュ・ジャック・ダントン(1759〜1794年)は、フランス革命を代表する政治家・弁護士です。パリの民衆から絶大な人気を誇り、「革命の巨人」とも称されました。
ダントンは革命初期から過激な行動で名を馳せ、1792年の8月10日事件(チュイルリー宮殿への民衆蜂起)を主導した人物のひとりとされます。同年、立法議会の下で司法大臣に就任し、プロイセン軍がフランスに侵攻した際には「勇気、そして勇気、また勇気が必要だ」という名演説でパリ市民を鼓舞し、軍の志気を高めました。
国民公会では山岳派(モンタニャール)に属しましたが、次第に恐怖政治の急進化に距離を置くようになります。ロベスピエールらジャコバン派の主導する公安委員会との対立が深まり、「寛容派(ダントン派)」として穏健路線を訴えました。しかし1794年、「革命の敵」として逮捕・裁判にかけられ、ギロチンで処刑されました。
ダントンの生涯は、革命の理想と恐怖政治の現実の矛盾を体現するものとして、今日も歴史家や文学者によって論じられています。
使い方・例文
フランス革命史を学ぶ際、ロベスピエールやマラーとともにダントンの名が登場し、革命内部の権力闘争や恐怖政治の文脈で解説されます。
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