カラカウア王とは?
からかうあおう
カラカウア王とは、19世紀後半のハワイ王国最後の男性君主で、ハワイの伝統文化の復興に尽力した人物です。
カラカウア王(David Kalākaua、1836〜1891年)は、ハワイ王国第7代国王であり、「陽気な王」の異名を持つハワイ史上の重要な指導者です。選挙によって選ばれた初の君主として知られ、1874年から1891年に亡くなるまで在位しました。
彼の治世における最大の功績は、西洋文化の影響で衰退しつつあったハワイの伝統文化の復興です。禁止されていたフラダンスを公式の場に復活させ、ハワイの音楽や口承文芸の保存・振興に力を注ぎました。作曲家としての才能も持ち、現在もハワイ州歌として歌われる「ハワイ・ポノイ」を作詞したとされています。
政治面では、ハワイ王国の主権を守るべく外交に積極的に取り組みました。1881年には世界一周旅行を行い、日本の明治天皇とも会見した初の外国国家元首となっています。また、アメリカ合衆国との互恵通商条約の更新にも尽力しましたが、これが後にアメリカ資本家のハワイへの影響力拡大を招く一因ともなりました。
晩年は国内の政治的対立に苦しみ、アメリカ系入植者グループによる「ベイオネット憲法」の強制署名など権力を大きく制限される出来事も経験しました。1891年にカリフォルニア州サンフランシスコで客死し、その後まもなくハワイ王国は崩壊へと向かいます。ハワイの文化的アイデンティティの守護者として、今日も尊敬を集める人物です。
使い方・例文
ハワイの歴史や文化について調べるとき、あるいはフラダンスの起源を学ぶ文脈でカラカウア王の名前が登場します。
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