アルベルト・フジモリとは?
あるべるとふじもり
アルベルト・フジモリとは、日系人初の国家元首としてペルー大統領を務めた政治家で、テロ鎮圧と経済安定化の一方、人権侵害と汚職で国際的に批判を受けた人物です。
アルベルト・フジモリ(Alberto Fujimori、1938〜2024年)は、ペルーの政治家で、日本からの移民の子として生まれた日系2世です。1990年の大統領選挙に農学者・大学学長として突如出馬し、予想を覆して当選。1990年から2000年まで3期にわたって大統領を務めました。
フジモリ政権の主な成果と問題点は以下のとおりです。
- 経済の安定化:就任時に深刻なハイパーインフレに苦しんでいたペルー経済を強引な緊縮財政(「フジショック」)で安定化させた
- センデロ・ルミノソの壊滅:左翼テロ組織への厳しい武力掃討で治安を大幅に改善した
- 1992年の「自己クーデター」:議会を強制解散し独裁的な体制を確立した
- 強制不妊手術問題:農村部の先住民女性らに対する強制的な不妊手術が人権侵害として国際的批判を受けた
2000年に汚職スキャンダルが発覚して日本に亡命、2005年にチリで拘束・引渡しとなり、ペルーの裁判所で人権侵害・汚職の罪で有罪判決を受けました。その娘のケイコ・フジモリも政治家として活動しており、フジモリ派は現在もペルー政治の一勢力を形成しています。2024年に死去しました。
使い方・例文
ペルーの政治を語る際、「フジモリ主義(フジモリスモ)」という言葉は、強権的手法による治安回復と経済安定を優先した統治スタイルを指す概念として今も使われ続けています。
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