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アフメト3世とは?

あふめとさんせい

アフメト3世とは、18世紀初頭のオスマン帝国スルタンで、チューリップ時代と呼ばれる文化的繁栄期を主導し、西洋文化の導入を積極的に推進した君主です。

アフメト3世(Ahmed III、1673年〜1736年)は、オスマン帝国の第23代スルタン(在位1703年〜1730年)です。兄メフメト4世の子として生まれ、イェニチェリの反乱をきっかけに即位しました。

彼の治世で特に著名なのはチューリップ時代(ラーレ・デヴリ)」と呼ばれる1718年から1730年の期間です。この時代にはオスマン宮廷でチューリップの栽培・鑑賞が大流行し、豪華な宴会や文化的催しが盛んに行われました。上流階級が競って庭園を造り、詩・音楽・絵画などの芸術が花開いた時代として記憶されています。

また、アフメト3世はヨーロッパ文化への関心が高く、フランスへの外交使節団の派遣を通じて西洋の技術・芸術・建築を積極的に取り入れました。オスマン帝国初の印刷所(活版印刷)がこの時期に開設されたことも重要な業績とされています。

外交面では大北方戦争への介入やカルロヴィッツ条約以降の領土回復の試みなど積極的な政策を展開しましたが、1730年にパトロナ・ハリル反乱が勃発し退位を余儀なくされました。晩年は幽閉生活を送りました。

アフメト3世の治世は、オスマン帝国が東西文化を融合させ繁栄した時代の象徴として評価されています。

使い方・例文

オスマン帝国史や中東近世史の文脈で、チューリップ時代の文化的繁栄について学ぶ際にアフメト3世の名前が出てきます。

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