アグスティン・デ・イトゥルビデとは?
あぐすてぃんでいとぅるびで
アグスティン・デ・イトゥルビデは、メキシコ独立を主導した軍人で、独立後にメキシコ皇帝アグスティン1世として即位した人物です。
アグスティン・デ・イトゥルビデ(Agustín de Iturbide、1783〜1824年)は、現在のメキシコ・ミチョアカン州バリャドリド(現モレリア)出身のクリオーリョ(植民地生まれのスペイン系)軍人・政治家です。スペインからのメキシコ独立において決定的な役割を果たしました。
独立運動当初、イトゥルビデは王党派の将校としてイダルゴらの独立運動を鎮圧する側にいました。しかし1821年、スペイン本国の政治的混乱を機に立場を転じ、独立派のゲリラ指導者グアダルーペ・ビクトリアらと「三つの保証(カトリック・独立・統合)」を掲げたイグアラ計画を提唱しました。この計画は保守派・自由派の双方に受け入れられ、同年9月にメキシコ独立が達成されました。
独立後、イトゥルビデは暫定政府を率いて権力を掌握し、1822年にアグスティン1世としてメキシコ皇帝に即位しました。しかし、財政難や独裁的な統治への批判が高まり、1823年に退位・国外追放となりました。1824年に帰国を試みたところ捕らえられ処刑されました。主なポイントは以下のとおりです。
- イグアラ計画によるメキシコ独立の実現(1821年)
- メキシコ帝国初代皇帝(アグスティン1世)への即位
- 財政難・権力集中による支持喪失と退位
- 帰国後の処刑という悲劇的な末路
イトゥルビデはメキシコ独立の英雄として称えられる一方、皇帝即位と失政によって複雑な歴史的評価を受け続けている人物です。
使い方・例文
メキシコ独立記念日の式典では、アグスティン・デ・イトゥルビデの名もイダルゴ神父らとともに語られることがあります。
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