高橋是清とは?
たかはしこれきよ
高橋是清は、明治・大正・昭和期に活躍した日本の政治家・財政家で、内閣総理大臣や大蔵大臣を歴任し「ダルマ宰相」と呼ばれました。
高橋是清(たかはし これきよ、1854〜1936年)は、江戸時代末期に生まれ、明治から昭和にかけて日本の財政・経済政策をリードした政治家です。幼少期に武士の家に養子入りし、アメリカへの留学経験も持つなど、異色の経歴を持ちます。
政界では立憲政友会の総裁を務め、1921年から翌年にかけて内閣総理大臣に就任しました。しかし最も評価されているのは大蔵大臣としての財政運営です。特に1930年代初頭の世界恐慌(昭和恐慌)に際し、金本位制からの離脱、国債の日本銀行引き受け、積極的な財政出動によってデフレ不況から脱却させた手腕は、現代の経済学者からも「先駆的なリフレ政策」として高く評価されています。
その政策の柱は以下の通りです。
- 金輸出再禁止による円安誘導
- 農村救済・公共事業への支出拡大
- 軍事費の抑制と財政健全化の両立
晩年は軍部の予算拡大要求に抵抗し続けましたが、1936年の二・二六事件において青年将校らに暗殺されました。ずんぐりとした体型から「ダルマ宰相」と呼ばれ、親しみやすい人柄としても知られています。財政政策家として日本近代史に残る重要な人物です。
使い方・例文
「昭和恐慌からの回復は高橋是清の積極財政策によるところが大きい」というように、近代日本の経済史や財政政策を論じる文脈で登場します。
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