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重光葵とは?

しげみつまもる

重光葵とは、日本外交官政治家で、第二次世界大戦終結時の降伏文書調印や戦後の外交再建に尽力した人物です。

重光葵(しげみつ まもる、1887〜1957年)は、大分県出身の外交官政治家です。東京帝国大学を卒業後、外務省に入省し、中国イギリス・ソ連などへの駐在公使・大使を歴任しました。

外交官としての経歴の中でもとりわけ知られるのは、1945年9月2日に戦艦ミズーリ艦上で行われた日本の降伏文書調印式です。重光は外務大臣として日本政府を代表して署名に臨みました。

主要な経歴と業績は次のとおりです。

  • 1932年の上海爆弾テロで片足を失いながらも外交官として活動を継続した
  • 太平洋戦争中は外務大臣・駐日大使などを歴任
  • 戦後はA級戦犯として有罪判決を受け、服役後に釈放された
  • 釈放後、鳩山一郎内閣の外務大臣として日ソ国交回復(1956年)に貢献し、日本の国連加盟を実現させた

戦前の外交と戦後の国際復帰という二つの大きな局面で日本外交の中心にいた人物として、近代日本の外交史に重要な足跡を残しています。

使い方・例文

第二次世界大戦の終結を扱う歴史の授業や文献で、降伏文書に署名した人物として重光葵が紹介されます。また、日ソ共同宣言や国連加盟を論じる際にも登場します。

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