最澄とは?
さいちょう
最澄とは、平安時代初期の僧で、中国から天台宗を日本に伝え、比叡山延暦寺を創建した日本仏教の大改革者です。
最澄(さいちょう、767年〜822年)は、平安時代初期を代表する高僧で、日本における天台宗の開祖です。近江国(現在の滋賀県)に生まれ、幼くして出家し、奈良の東大寺で具足戒を受けたのちに比叡山に入り、独自に修行を重ねました。
804年、最澄は遣唐使の一員として唐に渡り、天台山で天台教学を学ぶとともに、密教・禅・戒律なども修めました。翌年帰国した最澄は、比叡山寺(後の延暦寺)を拠点に天台宗を広め、806年に朝廷から天台法華宗の年分度者が認可され、公式の宗派として認められました。
最澄は晩年、奈良の旧仏教勢力との間で大乗戒壇の設立をめぐって激しく対立しました。大乗菩薩戒のみによる授戒を主張し、南都との論争(三一権実諍論)を繰り広げましたが、大乗戒壇の勅許が下ったのは最澄の没後7日後のことでした。入寂後、朝廷から伝教大師の号を賜り、のちの日本仏教に多大な影響を与えた人物として現在も広く敬われています。延暦寺は後に法然・親鸞・道元・日蓮など多くの名僧を輩出する「日本仏教の母山」となりました。
使い方・例文
「比叡山は最澄が開いた天台宗の聖地です」のように、歴史の授業や仏教文化の解説、また京都・滋賀を訪れる際の観光案内に登場します。
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