山下奉文とは?
やましたともゆき
山下奉文とは、太平洋戦争期の日本陸軍大将で、マレー作戦での電撃的な勝利から「マレーの虎」と呼ばれた軍人です。
山下奉文(やましたともゆき、1885〜1946年)は、日本の陸軍大将です。高知県出身で、陸軍士官学校・陸軍大学校を経て軍人としての道を歩みました。
太平洋戦争(1941〜1945年)において、山下は第25軍司令官としてマレー半島・シンガポール攻略作戦を指揮しました。1941年12月から翌年2月にかけて行われたこの作戦は、約7万の日本軍が10万以上のイギリス連邦軍を70日あまりで撃破するという電撃的な勝利で、「マレーの虎」として世界的に知られるようになりました。シンガポール陥落の際にイギリス軍司令官パーシバル中将が降伏した場面は歴史的な写真として広く知られています。
その後、山下はフィリピン防衛の任に就き、アメリカ軍の反攻に対して組織的な抵抗を続けました。戦争終結後の1945年9月に降伏し、戦後の軍事裁判(いわゆる山下裁判)においてフィリピンでの部下による戦争犯罪を巡り指揮官責任を問われ、1946年に処刑されました。
この裁判での「指揮官責任」の法理は、その後の国際人道法の発展に大きな影響を与え、現在も戦争犯罪の文脈で引用されます。
使い方・例文
国際法の授業で「指揮官責任」を扱う際、山下奉文裁判はその原則が確立された先例としてしばしば取り上げられます。
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