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安達謙蔵とは?

あだちけんぞう

安達謙蔵は、大正から昭和初期にかけて活躍した立憲民政党政治家であり、内務大臣として政党政治の一翼を担った人物です。

安達謙蔵(あだち けんぞう、1864〜1948年)は、明治・大正・昭和期の日本政治家です。熊本県出身で、自由民権運動の流れを汲む政治活動から出発し、長年にわたり憲政党・立憲国民党などの政党に関わりながら衆議院議員としてのキャリアを積みました。

大正期から昭和初期にかけては立憲民政党の有力政治家として頭角を現します。浜口雄幸内閣(1929〜1931年)では内務大臣を務め、治安維持と地方行政を担当する要職にありました。弁舌の巧みさと大衆的な人気を持つ一方、策略家としての側面も持ち合わせていました。

1931年、浜口内閣の後継である第二次若槻礼次郎内閣が発足すると、再び内務大臣として入閣。しかし同年末、満州事変の勃発という難局のなかで政友会との「挙国一致内閣」構想を推進しようとして閣内不一致を引き起こし、内閣総辞職の一因をつくりました。

その後も政界に留まり、国民同盟を結成して独自の政治活動を続けましたが、政党政治そのものが軍部の台頭によって衰退していく時代の流れのなかで次第に影響力を失っていきました。昭和初期の政党政治史を語る際に欠かせない人物の一人です。

使い方・例文

「安達謙蔵は大正デモクラシーの時代から昭和初期の政党政治を研究する文脈で登場する政治家です。」

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