大鵬幸喜とは?
たいほうこうき
大鵬幸喜は、昭和を代表する大相撲の第48代横綱で、32回の優勝を記録した「昭和の大横綱」として相撲史に輝く名力士です。
大鵬幸喜(たいほう こうき、1940〜2013年)は、昭和時代を代表する大相撲の名横綱です。第48代横綱に昇進し、現役中に幕内最高優勝32回という当時の史上最多記録を打ち立てました(その後白鵬に更新されています)。
大鵬は1940年に旧樺太(現ロシア・サハリン)で生まれ、父はウクライナ系の人物でした。中学卒業後に力士の道に進み、二所ノ関部屋に入門。20歳で横綱に昇進するという異例の速さで大相撲の頂点に立ちました。
その強さは圧倒的で、1960年代を中心に相撲界に君臨しました。柏戸と並んで「柏鵬時代」を形成し、二人の横綱が人気を二分した時代は相撲の黄金期とも呼ばれます。得意技は上手投げや寄り切りなど王道の技で、力強さと安定感を兼ね備えていました。
「巨人・大鵬・卵焼き」という昭和の流行語があるほど、子どもたちの憧れの存在であり、スポーツ選手として時代を超えた人気を誇りました。2013年に逝去しましたが、その業績と人気は今も語り継がれています。
使い方・例文
「昭和のスポーツ界を代表する人物」や「大相撲の名横綱」を紹介する際に必ずと言っていいほど登場します。昭和の大衆文化を語る場でも「巨人・大鵬・卵焼き」のフレーズと共に引用されます。
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