大谷光瑞とは?
おおたにこうずい
大谷光瑞は、明治〜昭和期の日本の仏教僧侶・探検家で、西本願寺第22代法主を務めながら中央アジアへの大規模な探検調査「大谷探検隊」を三度にわたり率いた人物です。
大谷光瑞(おおたに こうずい、1876〜1948年)は、浄土真宗本願寺派(西本願寺)第22代法主です。現在の滋賀県に生まれ、幼少期から宗教的な環境で育ちました。
光瑞が歴史に名を刻んだのは、20世紀初頭に三度にわたって実施した中央アジア探検、いわゆる「大谷探検隊」によってです。1902年から1914年にかけて、シルクロード沿いの中央アジア・新疆・インドなどを踏査し、仏教遺跡の調査や美術品・文書の収集を行いました。
探検の主な成果と意義は次のとおりです。
- 敦煌・クチャ・ホータンなどの仏教遺跡の現地調査
- 多数の仏教美術品・写本・文書の収集(現在は日本・韓国・中国の博物館に分散所蔵)
- シルクロードの仏教文化研究への資料提供
- 日本の西域研究・仏教考古学の礎を築く
一方で、収集品の流出をめぐる議論や、法主としての財政問題なども歴史的な論点として残っています。光瑞は後に中国・東南アジアを拠点に農業開発・教育事業にも取り組みましたが、晩年は波乱に富みました。仏教者・探検家・文化人という複数の顔を持つ、近代日本の異色の人物です。
使い方・例文
シルクロードや仏教文化の研究・歴史を語る場面で「大谷探検隊が収集した資料は現在も研究に活用されている」という形で登場します。
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