ブラッサイとは?
ぶらっさい
ブラッサイは、夜のパリの路地や酒場、芸術家たちの姿を撮り続けたハンガリー出身の写真家で、「夜のパリを発見した写真家」と称されます。
ブラッサイ(Brassaï、1899年〜1984年)は、現在のルーマニア(当時オーストリア=ハンガリー帝国)のブラッソウ(現ブラショフ)生まれのハンガリー系写真家・芸術家です。本名はギュラ・ハラースといい、「ブラッサイ」という名前は故郷の地名に由来するペンネームです。ジャーナリストとして1924年にパリへ渡り、その後写真家として頭角を現しました。
ブラッサイが写真の世界で独自の地位を築いたのは、夜のパリという誰も本格的に記録していなかった領域に踏み込んだからです。ガス灯がぼんやり光る路地、霧に包まれたセーヌ川、娼婦が立つ街角、酒場や売春宿の内部、犯罪者や浮浪者たちの姿——こうした社会の裏側を丁寧に写し取った写真集「夜のパリ」(Paris de Nuit, 1932年)は発表当時から大きな反響を呼びました。
パリに居を定めたブラッサイは、ピカソ、マティス、ダリ、サルトル、ミラーといった当時の前衛芸術家・文化人たちと深い交流を持ちました。特にピカソとは長年の友人として、彼のアトリエを繰り返し訪問し、芸術家の素顔を記録した写真群も高く評価されています。
写真のみならず、彫刻・素描・版画など多方面で才能を発揮した芸術家でもあり、文章も書きました。「夜のパリを発見した写真家」として歴史に名を残しています。
使い方・例文
ブラッサイの名前は、夜の都市を被写体とした写真や、20世紀前半のパリ文化を語る文脈でよく登場します。当時のボヘミアン文化や表現主義的なストリートフォトの先駆けとして、写真史の授業でも必ず取り上げられる人物です。
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