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ウィリアム・ユージン・スミスとは?

うぃりあむ・ゆーじん・すみす

ウィリアム・ユージン・スミスは、アメリカの報道写真家で、深い人道的視点から社会問題を長編フォトエッセイとして記録した20世紀を代表するジャーナリストです。

ウィリアム・ユージン・スミス(W. Eugene Smith、1918年〜1978年)は、アメリカ・カンザス州ウィチタ出身の報道写真家です。第二次世界大戦から水俣病まで、社会の最前線で起きていることを深く掘り下げた「フォトエッセイ」という形式を確立した人物として、フォトジャーナリズムの歴史に大きな足跡を残しました。

ライフ誌の専属カメラマンとして活躍した時代には、太平洋戦争の島嶼作戦を取材し、沖縄での負傷によって長期の療養を余儀なくされるなど、現場への献身的な姿勢を貫きました。代表的なフォトエッセイとして「ある村医者」「助産師」「アルバート・シュバイツァー」などがあり、これらは報道写真を単なる記録から芸術の域へ引き上げたと高く評価されています。

晩年の最大の仕事は、日本の熊本県水俣市で起きた水俣病の取材です。1971年から数年間、妻アイリーンとともに現地に住み込んで患者家族と生活をともにし、チッソ工場の廃水による水銀中毒が住民に与えた苦しみを丹念に記録しました。取材中には工場側の人間に暴行を受けて失明寸前の重傷を負いながらも撮影を続けました。とりわけ母親が水俣病の娘を風呂に入れる「入浴する智子と母」は、世界中に衝撃を与えた一枚です。

スミスの仕事は、写真が社会変革をもたらす力を持つことを証明し、現在のドキュメンタリー写真の倫理と方法論に多大な影響を与えています。

使い方・例文

ウィリアム・ユージン・スミスは、水俣病の報道写真で日本でも特によく知られており、公害問題や社会問題を扱うドキュメンタリー写真の授業や展覧会では必ずといっていいほど取り上げられる写真家です。

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