龍造寺隆信とは?
りゅうぞうじたかのぶ
九州に覇を唱えたが沖田畷で島津・有馬連合軍に討たれた「肥前の熊」です。
龍造寺隆信は、戦国時代の武将・肥前国の大名。「肥前の熊」と称され、九州北部に強大な勢力を誇った。1584年の沖田畷の戦いで、兵力では劣る島津家久・有馬晴信の連合軍に奇策を用いた包囲攻撃を受けて討ち取られ、その後龍造寺氏は急速に衰退した。
使い方・例文
沖田畷の戦いで龍造寺隆信の大軍が島津・有馬の連合軍に敗れたのは、湿地帯を行軍中に側面を突かれたためとされ、大軍が必ずしも地形を制するとは限らないことを示す戦例とされる。
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