矢野恒太とは?
やのつねた
矢野恒太とは、第一生命保険を創設した日本の実業家で、生命保険の普及と日本の統計学の発展に貢献した人物です。
矢野恒太(やの つねた、1866〜1951年)は、明治から昭和にかけて活躍した日本の実業家・統計学者で、第一生命保険相互会社の創設者として知られています。
岡山県出身で東京帝国大学を卒業後、大蔵省に入省して保険行政の近代化に携わりました。1902年(明治35年)に第一生命保険を設立し、日本に相互会社形式の生命保険を根付かせた先駆者となりました。相互会社とは契約者が会社の構成員となる形態で、株主ではなく契約者の利益を優先する仕組みです。
また、矢野は統計への造詣が深く、日本の統計学・人口学の発展にも貢献しました。日本人の平均余命や死亡率などのデータ整備にも尽力し、生命保険の保険料計算の基礎となる生命表の普及を後押ししました。
さらに、矢野恒太記念会が発行する「日本国勢図会」は、彼の名を冠した統計資料集として現在も毎年刊行され続けています。この資料集は日本の社会・経済・人口統計を網羅した権威ある参考書として、学校教育から行政・企業リサーチまで幅広く活用されています。
使い方・例文
「第一生命の創業」や「日本国勢図会の由来」を調べる際に「第一生命の創設者であり統計学に貢献した矢野恒太」として登場します。
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