渋沢雅英とは?
しぶさわまさひで
渋沢雅英とは、日本の実業家・国際文化人で、渋沢栄一の孫として国際交流基金の設立に携わり、日本と世界の文化交流推進に尽力した人物です。
渋沢雅英(しぶさわ まさひで、1925〜2011年)は、東京都出身の日本の実業家・外交官・文化人です。近代日本経済の父と呼ばれる渋沢栄一の孫にあたります。東京大学を卒業後、外務省に入省し外交官として国際舞台で活躍しました。
外務省退職後は国際文化交流の分野で多彩な貢献をしました。特に1972年に設立された独立行政法人「国際交流基金」の設立準備に深く関与し、同基金の理事長を務めるなど、日本の対外文化政策の骨格づくりに携わりました。国際交流基金は海外における日本語教育、文化事業、知的交流などを担う機関であり、今日まで多くの国での日本文化理解に貢献しています。
また渋沢雅英は祖父・渋沢栄一の業績や思想を後世に伝える活動にも積極的で、渋沢史料館の運営や渋沢栄一記念財団の設立に関与しました。国際社会における日本の存在感を高めるため、官民の垣根を越えたネットワーク形成に努めた点が高く評価されています。
祖父から受け継いだ「民間外交」「文化の力による国際貢献」という精神を体現した人物として、日本の国際文化交流史に名を残しています。
使い方・例文
国際交流基金の歴史や渋沢栄一の子孫を紹介する文脈で渋沢雅英の名前が登場し、日本の文化外交を支えた実業家として取り上げられます。
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