浅井長政とは?
あざいながまさ
浅井長政とは、戦国時代に近江北部を治めた武将で、織田信長の妹・お市の方と結婚したことで知られ、信長との同盟と決別が歴史の転機となった人物です。
浅井長政(あざいながまさ)は、1545年に近江国(現在の滋賀県)の戦国大名・浅井久政の子として生まれました。若くして家督を継ぎ、北近江三郡を治める浅井氏の当主として勢力を拡大しました。
1567年頃、織田信長の妹・お市の方と婚姻を結び、織田氏と同盟関係を締結します。しかし1570年、信長が旧来からの盟友である越前の朝倉義景を攻めたことで、長政は朝倉氏との旧来の縁を重んじ、信長との同盟を破棄して朝倉方につきました。この決断は信長を大きく驚かせ、歴史的な「金ヶ崎の退き口」を生む一因となりました。
その後、長政は信長・徳川家康の連合軍と姉川(現在の滋賀県長浜市付近)で激突します(姉川の戦い、1570年)。浅井・朝倉連合は善戦したものの敗北し、以後は劣勢に立たされました。信長の執拗な攻勢を受け、1573年に本拠・小谷城が落城、長政は自害して29歳で生涯を閉じました。
お市の方との間には三姉妹(茶々・初・江)が生まれており、茶々は後に淀殿として豊臣秀吉の側室となります。長政の生涯は義理と現実のはざまで揺れた武将像として、後世の歴史小説や大河ドラマで広く描かれています。
使い方・例文
「浅井長政の決断」として、義理を重んじて損を覚悟で同盟を破るという行動の象徴的な例として語られます。戦国時代の同盟と裏切りをテーマにした歴史読み物でたびたび取り上げられます。
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