山鹿素行とは?
やまがそこう
山鹿素行は江戸時代前期の儒学者・兵学者で、武士道の理念を体系化し聖学(日本の道)を唱えた思想家です。
山鹿素行(やまが そこう、1622〜1685年)は江戸時代前期の儒学者・兵学者で、陸奥(現在の福島県)出身です。幼い頃から神童と呼ばれ、林羅山のもとで朱子学を学んだのち、山鹿流兵学を創始しました。
素行の思想の特徴は、朱子学を批判して古学を提唱した点にあります。宋学(朱子学)の抽象的な思弁を退け、孔子・孟子の原典に直接立ち返ることを重視しました。この立場は後の伊藤仁斎や荻生徂徠の古学にも通じる先駆的なものでした。
また素行は武士道の体系化に貢献した人物としても重要です。主著『士道』では、武士は農工商に奉仕する存在であり、日常の礼儀・仁義を実践することこそが武士の本分だと説きました。武力よりも道徳的な模範たることを強調したこの思想は、後の武士道論に大きな影響を与えました。
著書『聖教要録』で朱子学を批判したため、赤穂(現在の兵庫県)に配流となるなど、政治的な困難も経験しました。その思想は後に吉田松陰らにも影響を与え、幕末の志士たちの精神形成に一役買ったとされています。
使い方・例文
日本史・倫理の授業では江戸時代の儒学思想の流れの中で取り上げられ、武士道や古学の文脈で説明されることが多いです。
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