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大伴家持とは?

おおとものやかもち

大伴家持とは、奈良時代歌人政治家で、『万葉集』の編纂に深く関わり、最多の歌数を収録された人物です。

大伴家持(おおとものやかもち)は、奈良時代の718年ごろに生まれ、785年に没した歌人政治家です。大伴旅人を父に持ち、幼少から和歌才能を発揮しました。

家持は奈良時代の代表的な和歌集『万葉集』の成立に中心的な役割を果たしたとされています。万葉集に収録された約4500首のうち、家持の歌は473首と最も多く、その歌風は繊細かつ叙情的で、後の和歌文学に大きな影響を与えました。特に晩年近くに詠んだ「春の苑 くれなゐにほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ乙女」などの歌は、万葉歌の到達点として高く評価されています。

政治家としては越中国守(現在の富山県)などの地方官を歴任しました。越中在任中に詠んだ歌は立山や雪景色など北陸の自然を生き生きと描写しており、地方文化の発展にも寄与しました。

晩年は中央政界でも要職を務めましたが、藤原種継暗殺事件に連座したとされ、没後に官位を剥奪されるという不遇を経験しました。しかし後に名誉は回復され、現在では歌聖・山上憶良らとともに万葉集を代表する歌人として広く知られています。

使い方・例文

国語や歴史の授業で万葉集を学ぶ際に、最多の歌を残した編者的存在として大伴家持の名が必ず取り上げられます。

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