堀口捨己とは?
ほりぐちすてみ
堀口捨己は日本の建築家・茶道研究者で、近代建築の機能主義と日本の伝統的な茶室・数寄屋建築の美学を融合させた独自の境地を開いた人物です。
堀口捨己(ほりぐち すてみ、1895〜1984年)は岐阜県出身の建築家・建築史家・茶道研究者で、東京帝国大学建築学科を卒業後、分離派建築会の創設メンバーとして日本近代建築運動の先駆けを担いました。
堀口の建築家としての特徴は、西洋近代建築の合理主義的思考と日本の伝統美学(とりわけ茶室・数寄屋建築)とを独自に統合しようとした点にあります。1920年代にヨーロッパを視察してオランダのデ・スティル運動に影響を受けながらも、帰国後は日本の伝統美の研究に深く傾倒していきました。彼の業績は多岐にわたります。
- 「紫烟荘」(1926年)など数寄屋風の近代住宅設計
- 茶室・露地の構成原理に関する学術的研究
- 「利休の茶」「日本の庭園」など著作多数
- 名古屋大学教授・早稲田大学教授として後進の育成
堀口は「空間と時間」の融合を建築の本質として捉え、茶室が生み出す精神的な「間(ま)」の概念を近代建築の語彙で再解釈しました。日本建築史・茶道文化の研究者としても第一級の業績を残しており、建築と文化の橋渡し役として重要な位置を占めています。
使い方・例文
「日本の伝統建築と西洋近代建築の融合」を論じる建築史の文脈で、堀口捨己の名前と数寄屋建築の研究が引き合いに出されます。
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