カレリア地峡とは?
かれりあちきょう
カレリア地峡とは、フィンランド湾とラドガ湖の間に挟まれた細長い陸地で、歴史的にロシアとフィンランドの間で争われた戦略的要衝です。
カレリア地峡(Karelian Isthmus、フィンランド語:Karjalankannas、ロシア語:Карельский перешеек)は、ロシア北西部に位置する細長い陸地で、北西のフィンランド湾と北東のラドガ湖の間に挟まれています。現在はロシア連邦レニングラード州に属しており、最狭部は幅わずか数十キロメートルほどです。
地峡の南端にはサンクトペテルブルク(かつてのレニングラード)が位置し、古来よりバルト海とロシア内陸部を結ぶ戦略的回廊として重視されてきました。歴史的にはスウェーデン・フィンランド・ロシアの間で領土が幾度も変転しました。
近現代における重要な歴史的出来事は以下の通りです。
- 1917年のフィンランド独立後、地峡の大部分はフィンランド領となった
- 1939〜1940年の冬戦争でソ連がフィンランドに侵攻し、地峡を割譲させた
- 1941〜1944年の継続戦争でフィンランドが一時奪還したが、1944年の講和で再びソ連へ割譲
- 第二次世界大戦後、フィンランド系住民は退去を余儀なくされ、ロシア人が入植した
現在も地峡はロシア領のままですが、自然豊かな湖沼地帯としてサンクトペテルブルク市民の保養地・別荘地となっています。フィンランドでは「失われたカレリア」として国民的な記憶・文化的テーマとして語り継がれています。
使い方・例文
「カレリア地峡は冬戦争でフィンランドがソ連に割譲した地域として、北欧近代史を学ぶ際に必ず登場する」のように使われます。
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