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黒田官兵衛とは?

くろだかんべえ

織田・豊臣政権を支えた戦国時代の軍師・大名で、卓越した知略から「天下を望める人物」とも評された人物です。

黒田官兵衛(くろだ かんべえ、1546〜1604年)は、戦国時代から江戸時代初期の武将・大名で、本名は黒田孝高(よしたか)、法名を如水(じょすい)といいます。播磨国(現・兵庫県)出身で、羽柴秀吉(豊臣秀吉の軍師として名をはせた「智将」です。

もとは播磨の有力武将・小寺政職に仕えていましたが、織田信長への帰順を主君に進言し、秀吉の播磨平定に貢献しました。1578年には荒木村重の謀反に際して説得のために単身乗り込み、逆に有岡城に幽閉されるという危難に遭いますが、約1年後に救出されました。この投獄によって体に後遺症が残ったとも伝えられています。

以降、秀吉の九州平定・朝鮮出兵(文禄・慶長の役)などで重要な役割を果たします。卓越した戦略眼と交渉力で数々の難局を打開し、「秀吉の天下を取らせたのは官兵衛の智謀」ともいわれました。秀吉晩年には、その才覚を恐れた秀吉から疎まれたとも伝わります。

関ヶ原の戦い(1600年)では、九州で独自の勢力拡大を図りましたが、西軍の素早い敗北により思惑が外れ、息子・長政の東軍参加もあって徳川方に落ち着きました。筑前(現・福岡県)を領し、福岡藩黒田家の礎を築いています。

使い方・例文

NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」(2014年放映)では黒田官兵衛の生涯が取り上げられ、その知略と数奇な運命が広く知られるようになりました。歴史シミュレーションゲームでも高い知力パラメータを持つ武将として登場します。

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