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片倉景綱とは?

かたくらかげつな

片倉景綱とは、伊達政宗を支えた戦国時代の名参謀で、「片倉小十郎」の通称で広く知られ、その卓越した知略から「独眼竜の右目」とも称えられた武将です。

片倉景綱(かたくらかげつな)は、1557年に出羽国現在山形県)に生まれ、幼い頃から伊達政宗の傅役(もりやく)として仕えました。「片倉小十郎(こじゅうろう)」の通称で広く親しまれており、政宗の乳母の弟にあたるとも伝えられています。

景綱は武勇だけでなく知略にも優れており、政宗の奥州制覇を策謀・外交・軍事の両面から支えました。政宗が豊臣秀吉の小田原征伐への参陣を拒否しようとした際、景綱は断固として参陣を進言し、政宗の命運を救ったといわれています。こうした判断力と献策から、「独眼竜の右目」と称されることがあります。

関ヶ原の戦いでは東軍に属し、政宗の命で上杉領への攻勢を担いました。戦後、景綱は白石城を本拠として白石城主となり、伊達藩の東南の備えとして重要な役割を果たしました。

景綱は文武両道に優れ、和歌や漢詩にも通じた教養人でもあったとされます。大坂夏の陣(1615年)の直前に死去したため最後の戦いには参加できませんでしたが、その功績は後世に長く語り継がれ、伊達家の重臣として歴代もっとも名高い人物の一人とされています。

使い方・例文

「片倉景綱のような参謀役」という表現で、主君を補佐して数々の危機を乗り越える知恵袋的存在を指す際に使われます。伊達政宗を題材にした小説・ドラマ・ゲームでは欠かせない登場人物です。

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