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浦上宗景とは?

うらがみむねかげ

浦上宗景とは、戦国時代に備前・播磨方面で勢力を誇った武将で、宇喜多直家に裏切られて没落した悲劇的な結末でも知られる人物です。

浦上宗景(うらがみむねかげ、生没年不詳、活躍期:16世紀中〜後期)は、戦国時代の武将です。浦上氏は備前国現在岡山県東部)を本拠とし、赤松氏の有力な守護代として台頭した一族です。

宗景は浦上政宗の子として生まれ、兄・村宗の死後に家督を継ぎました。備前・播磨・美作にまたがる広大な領域を支配し、最盛期には山陽地方の有力大名として他の諸将と渡り合いました。キリスト教(カトリック)に理解を示した武将としても知られ、宣教師たちに保護を与えたとの記録が残っています。

宗景の晩年は家臣であった宇喜多直家の台頭によって左右されました。直家は当初宗景の傘下にあって勢力を伸ばしましたが、次第に自立を強め、宗景の勢力圏を侵食していきました。1579年ごろ、宗景は宇喜多直家に実権を奪われ、備前から追われる形で没落したと伝えられています。

浦上宗景の生涯は、戦国時代の下剋上の典型例として語られることが多く、主君を踏み台にして成り上がった宇喜多直家の物語の「対になる人物」として歴史上に位置づけられています。

使い方・例文

「浦上宗景は宇喜多直家の台頭を語るうえで欠かせない人物として、戦国時代の研究や歴史小説・ゲームなどで登場します。」

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