木村政彦とは?
きむらまさひこ
木村政彦とは、戦前から戦後にかけて活躍した日本の柔道家で、15年間無敗を誇り「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と称された史上最強の柔道家として知られる人物です。
木村政彦(きむら まさひこ、1917〜1993年)は、熊本県出身の柔道家・プロレスラーで、その圧倒的な実力から「鬼の木村」「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と称されました。日本柔道史上において「最強の柔道家」と評価される人物です。
木村は徹底した筋力トレーニングと猛稽古で肉体を鍛え上げ、得意技の大外刈りと逆腕絡み(現在の「腕挫十字固」の一種で、この技は「木村固め」と呼ばれます)を武器に圧倒的な強さを発揮しました。全日本選手権で3連覇(1937・1938・1939年)を果たし、1940年代にかけておよそ15年間にわたって無敗を維持したとされています。
戦後はプロレスに転向し、格闘家としても活動しました。1951年にはブラジルでエリオ・グレイシー(グレイシー柔術創始者一族の重鎮)と対戦し、13分の激闘の末に「木村固め」で勝利を収めたことは格闘技史に語り継がれる名勝負です。この試合の影響で、グレイシー柔術においても逆腕絡みの技を「キムラ(Kimura)」と呼ぶ文化が生まれました。
その生涯は、増田俊也の著書「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(2011年)で詳しく描かれ、再び広く注目されました。
使い方・例文
格闘技や武道の話題の中で、史上最強の柔道家を語る文脈や、グレイシー柔術で使われる「キムラ」という技名の由来として木村政彦の名前が登場します。
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